木星通信 @irakusa

紙屑が発信するごみサイトです。

カテゴリ : デモ


元山ゆんさんからの投稿.
2012年12月29日に行なわれた下地真樹先生の釈放記者会見の書き出しです。
阪南大学・准教授の下地先生は2012年12月9日に逮捕されました。
容疑は瓦礫広域処理の反対運動を大阪駅駅前で行なった事への威力業務妨害です。

書き出しここから〜

逮捕の時のこと思い出す 逮捕状をみた最初の印象、
もう少しもっとなんか(理由)なかったんかな、と笑ってしまった

 かなり曖昧な文章。主語のないような。僕をつかまえるのが、こんな事由。 
裁判所ってその程度なのかと。ぼくから見える景色としては、はっきりと思うの
は警察はウソをついてでも捕まえるのだ、めちゃくちゃやる組織なのだと。それ
が証明された。

 留置所に入ってから、警察組織を一体として見ていたのだけど、留置係りだっ
たり、中には色々枝分かれしてる。そのヘンをキチンとみながら批判すること
やっていかないといけない。公安がめちゃくちゃなことをやった結果。中では平
穏にやってた。手紙などは検閲はしてる?警察の悪口をしこたま書いてあっても
だいじょ
うぶ。 

 外で呼ばれてるからか、中でもモジモジ先生と呼ばれていた。勘弁してくださ
いという感じだった。中では、自費弁当。親子丼注文したらあたってしまった。
公安さんの取り調べはへでもないが食堂には、やられた。 

 大きい収穫はあった。本当に幼稚です。幼稚になる原因はなくはない。警察は
厳しく制限されてる。家族含めてそういうとこ。彼らが何を正義としているかと
いうと、限られてる。閉じられてる。どうなるかというとカルト化します。「過
激派とつながりはないのか」と聞かれたが、過激派ってどこにいるの?と。 

 暴力沙汰について、常に起こっていることだけど、暴力を恐れる警察が暴力を
やってる。20万人官邸前に集まっても誰も暴力はふるってない。暴力をふるっ
てるのはあなたたちだと。

 オウム事件、とめられなかったのがトラウマになってるのかも。未然に防ぐた
めには何してもいいのか。完全に狂ってる。

 彼らはとんちんかんな理由でわれわれを恐れている。彼らにも分かる言葉で説
明しないといけない。表現の仕方、考えていかないといけない

 これまでの抗議、そうとうに効いているなと思ってる。どう抗議するのか、洗
練されてく必要がある。

 中から見てきたことは収穫。彼らは一枚岩ではない。取り調べしてる人に原発
のことレクチャーした。

 公安ていうのはやってることは陰湿で(中で?)嫌われてるのかなと気の毒に
おもった。でもやってることは酷い。救援の広がりがなかったら確実に起訴され
てたとおもう。

 一回拘留も却下されてるし。そのあとひっくり返された。むこうも色々あわて
たと思う。批判の声が広がり、起訴が阻止された。でも1人起訴されたのは、彼
らのメンツ。

 立ち向かうというより、彼らのほうが幼いんです。上からしっかり見ていかな
いといけない。彼らの権力?に見合った知性を持っていない。われわれのほうが
はるかに知性を持っている。

 被ばく労働させられるかもしれない可哀想な立場でもある。

 何事もなかったかのように(がれき)すすめているのが大阪。今後も救援ふく
めて全力でやっていく。よろしくお願いします。


下地せんせい

(生中継同時書き起こしにつき 不正確な所があること、ご了承ください)




元山 ゆん
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私「千葉から神奈川へ、今避難されているA子さん、震災当時の話を聞かせて下さい」


A子「3.11 小学校は災害時対応をせず、1年生をバラバラに下校させました。

たまたま春休みで自宅におり、3人の子を確保しました。その日は金曜日だった
ため、その日の対応の悪さを列挙し正しいと思われる対策を提示した要望書を月
曜に校長に手渡しました。」

私「震災時の集団下校等への要望書を出したのですね」

A子「その時は、神戸の地震の経験もあり、地震対策なら「大丈夫なんとかなる」とい
う気持ちでした」

私「神戸大震災も、経験されていたのですね」

A子「しかし、今回の地震は「地震+放射能」でした。とにかく逃れるべく3.17〜4月頭までグアムと関西に逃げました。twitterを登録していて、あまり使っていなかったのですが、その時あたりから
情報収集に使い始めました」

私「3・11後、twitterは震災情報の頼みの綱になったんですね?」

A子「それから4月の高円寺「原発反対」デモはtwitterで知りました。自分にとって初めての
デモで、子づれが安全かは分からなかったため1人で参加しました。音楽あり、
ベビーカーあり、お花を持ってる人ありのデモで、これなら子どもも参加できる
と感じました」

私「高円寺のデモ、
twitterデモという形で初参加だったんですね」

※3・11後、市民団体が動員で呼びかけるデモではなくtwitterの繋がり合いでデモの呼びかけをして集合するtwitterデモが行なわれるようになった。
自主的な、集まりで今までにない一般参加者が増える要因の一つとなった。
4月10日は高円寺の「素人の 乱」主催で開催された。


A子「ベルリンからの手紙」というチェルノ当時の手記を手に入れ、すり切れるまで
読みました。チェルノ汚染と千葉市の汚染を正確に比較したかったのです。本に
は食べてはいけない野菜や肉や牛乳の情報が載っていました。その部分だけ
twitterで流し情報共有したことを覚えています」

私「twitter受信者から、情報発信も、つまり受けてだけではなく、汚染被害の情報発信も始められた」

A子「遅まきながら牛乳が危ないと知り、給食の牛乳をやめたのは5月頭です。5月には高性能のガイガーを持つ有志が「土壌を計測」してくれるというイベントを開き、そこへ小学校の土を持ち込みました。近所の公園の土も。およそ0.26〜0.32μSV/hでした」

私「市民達が自主的に土壌汚染調査を始めた、A子さんはどんな感想を持ちましたか」

A子「YouTubeでチェルノ被害の映像を見まくっていた時期でもありました。
地上1mで 0.23μSV/h それがチェルノ廃村レベルだと知り、「千葉
の汚染は大丈夫なのか」と恐ろしくなりました」

私「廃村レベルですね」

A子「はい、しかしガイガーは正確ではありません。
そこである大学の研究調査の関連で土を計測してもらえることを知り、そちらに
土を持ち込むことにしました。
結果は 千葉市美浜区 2350bq/kg 横浜市 500bq/kg 実家
のある神戸市 4bq/kgでした」」

私「やはり関東と関西では随分被曝被害レベルが違うのですね」

A子「そうです、関西には福島由来のものが降ってないと知ったのです。そこで移住計画を考えは
じめました。そこからは夫婦での話し合いです。ケンカもありました。神戸に母
子避難したい自分と、千葉市のままでいいという夫」

私「所謂、原発離婚になりそうだったのですね」

A子「チェルノ手記にはドイツでは、およそ300bq/kgで除染したという記述も
あり、何も手立てを打たない政府や千葉市にただただ怒るばかりでした」

私「あちこち聞く限りでは無策の苦情が多いですね」

A子「結局、お互い折れる形で、夫婦共に仕事をやめなくてすむ神奈川移住になったの
です。原発事故によって、気にしながらも千葉に住む友人、ご家族で関西や沖縄
に逃げた友人。多くの人が住む場所を変えることになりました」

私「福島の強制避難、自主避難の他に、市民が自主的に被害を調べて、チェルノブイリと比較して独自に避難を始めた“静かな移動”が起きているんですね」

A子「うまく避難でき仕事も確保していることが、なんだか申し訳ないような気持ちも
あります。千葉や官邸前のデモに出たり署名したり、一主婦ですが、自分の家庭
以外に社会的な動きをしていきたいと思っています。汚染された地から多くの人
が逃れられますように」

被曝被害の検査結果の判断を実際の避難基準として生活を変えられる人。
そして被害を知らずに居住している人。
知っても動けない人。

多くの避難民を生んだ福島原発の爆発事故は国策で始められたインフラ整備としては破綻している。
避難の選択を市民が自主的に選び、その為に生活を変えなくてはならない実情を国はどう取らえるのだろうか。

@irakusa







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先日、ファミリーエリアが国会記者会館敷地内に出来て、そこに責任者が誰もいない状態になったことについて、記事を書きました。

それについて、追加取材しました。
今後同じような事が起こる事のないように、問題点を確認してみました。

機動隊、警視庁警備課、当日スタッフでファミリーエリアに親子連れを誘導した人、三人に話を聞く事が出来ました。


まず、官邸前、国会記者会館付近を警備していた機動隊、第三機動隊の人に話を聞きました。
この方は当日、記者会館の事務局長と敷地内にファミリーエリアが出来た経緯について、話し合いをしています。

機動隊員「あの国会記者会館に、一般の人が立ち入れる事は出来ないというのは警官なら誰でも知っている事です、(比較的安全な人の少ない場所は記者会館前の歩道だったので、こちらが空いています)と、誘導した事はあったでしょうが、敷地内に場所を警察官が作って参加者を誘導する事はあり得ない」

私「官邸前の歩道はくの字に折れた形で官邸に向いていますが、会館側と官邸側では機動隊の部隊が違うのですか」

機動隊「私の所とは違う部隊が警備していて、参加者をどのように誘導したか、把握していない」

私「何処の部隊の方ですか」

機動隊「それはお答え出来ません」

詳しく話しを聞きたい・・・とお願いすると、警視庁警備課の係長宛に電話するように、と言われたので、警視庁へ電話してみました。(以下係長とします)

私「警備の警察官、機動隊の方々はそれぞれ連絡が取れているのですか、親子連れ等の多いデモに警備が慣れていないのですか」

係長「官邸前デモの警備はお祭りの時と同じような『雑踏警備』なのです、事故、怪我の危険がないように配慮して、警備しています」


私「雑踏警備?」

係長「花火見物やお祭りの警備と同じで、安全にお帰り頂く為の警備なのです」

一般参加者向けの雑踏警備だった為に、警戒度が低く、逆に情報伝達の連携が上手く行ってなかったという事なのだろうか。

当日、ファミリーエリアへ国会議事堂前出口から、ファミリーエリアのプラカードを持って参加者を誘導した女性に話を聞くことができた。(以下A子さんとします)



A子「あの日7月27日は今までのの主催者ではない、いくつかの団体が集まって金曜官邸前デモに
行ったのです、ですから、それぞれの団体代表者は居ても統括者は居なかったんです。

ですから、ファミリーエリアには責任者が居ない状態でした、当日は、想定していた数(数万人)より
も少なく、参加者人数は数千人くらいでした」

私「ファミリーエリア責任者と主催者は誰でしたか」


A子「いくつかの団体が行くとの情報を得て(それならファミリーエリアを作るとい
う発想は出ないだろう、参加する親子連れはどうなるのか?)とデモに参加経験
のある有志が心配をし始めました」

私「サポート不足を心配されたのですね」

A子「わたしたちが勝手に設けたファミリーエリアには主催者は存在しないに等しいです。twitter上で(心配だね うん 心配だね うん 集まるか うん やるか)と言って数人集まっ
た(その日が初対面の人もいた)って感じなのです。何度も(どこの団体?)って聞かれたけど(団体じゃない)としか答えられないのです」

私「いつもの主催者(反原連)が居ない状態で集まった人達が心配でそ

れらをサポートしようと集まった感じですか」

A子「事故をなくすためにみんな
家のことや仕事を放り出して集まったというかんじです」

私「A子さんが当日のスタッフになった理由は他に何ですか」

A子「被曝をし続
ける人達に申し訳ないなぁという気持ちから、家の事だけじゃなく、社会的に動
きたいという気持ちからです」

有難うございます。


機動隊と警察官の連絡の不備、雑踏警備の警戒度、そして、主催者居ないので心配して集まった当日初対面も居た誘導スタッフの間で「ファミリーエリアが国会記者会館敷地内に設置された」という認識が生まれ、本当にその状態が出現した、という事になるが、実際の敷地内にエリアが誕生した経緯は掴めず曖昧なままだった。

反原発デモは家族連れ、一般参加者が増え、デモ主催をする時の安全メソッドを広範囲に考える事が必要になりそうだ。(迷子やベビーカーの事故等)今回のトラブルを大きな反省点として貰いたい。


当日、参加された方ファミリーエリアに行かれた方、7・27官邸前デモの主催者の方、ご意見、ご連絡をお待ちしています。

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報道弾圧

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8月1日、午後三時半に国会記者会館で責任者と会い、7月27日官邸前デモの国会記者会館
駐車場がファミリーエリアに提供されたとされるデマ情報について、事実を確かめました。
噂が広がり、敷地内に責任者が誰もいない状態でファミリーエリアが出来た様子を聞きました。

取材に応じたのは国会記者会館の事務局長です。以下、責任者とします。

私「twitterで会館敷地にファミリーエリア開放のデマtwitterが流れました、真相を教えて下さい」

責任者「こちらも意外な事でした。会館駐車場は開放していませんよ、そういう実態が出現したので 必死になって困ると言って、その場に居合わせた人に抗議しました」

私「どう言った状況で、知らない間にエリアが会館の敷地に出来ましたか」
責任者「忙しい用事が済んで、私が会館に戻って来たら<<ファミリーエリア>>が出来ていました。
何人か既にお子さん達がいて、そこにエリアが出現していたのです」

私「敷地内にエリアが出来ていたのですね」
責任者「敷地内に若い女性が二人で<ファミリーエリア>のプラカードを持っていました。誰の許可を取ってエリアを作りましたか?貴女ですか?と聞きましたら(違います)と言いました。
私は責任者を至急呼んで下さいと言いました。 ネット社会ではそう発信するメデイア情報は信じてしまいます。そうなって起きたトラブルの責任は誰が取りますか?」

私「管理者になりますね」

責任者「私が取らなければなりません 管理をまかされてますから。 でも許可していないので取れませんね。」

私「責任者は誰でしたか」

責任者「責任者を呼べと言ったら先ほどのプラカードの大人の若い女性2名、と同じく男性の方2名方が来ました。これは、とても困る全力で阻止しょうとしました」

私「デマが流れてエリアが出来たという事ですか」
責任者「その事は間違いで起きた事だったんです。エリアは出来ましたが許可は出していません。
デマではなく間違いです」

私「誰がそのような事を言出したのでしようか?」
責任者「その何処でどうなったか、調べる時間もありませんが、調べた限りですが、その四名の方が絡んでらして、第三機動隊の警察官2人を呼んで来たので私が(記者会館が空いてる、誘導するような事を言いましたか?)と言ったら、機動隊の警察官は否定しました。官邸側の通路が比較的空いてるとは言いましたが、記者会館の敷地に誘導していないとおっしゃいました」

私「誰も、敷地内の事は把握してない」
責任者「根も葉もない事が一人歩きして出来た重大な問題です。 誰が責任取りますか 私が最後に取りますが、エリアの責任者は誰がなりますか?」

私「噂なので居ないですね」
責任者「噂でしょ?それが一番怖いのです。
私は抗議して 彼らに二度と作らないで欲しいと言いました。
彼らは(判ったと言いました)警官お二人には任務に戻って頂きました
ただし、当日、エリアの人達に今出ろと言っても歩道は一杯だと言うのですぐには(お子さん達は)出しませんでした。話合いをしたのは(デモが終わる)8時ちょっと前でしたから」

私「他には」
責任者「もう一つは二日後、29日のデモで重傷の方が出て介護班、救護班の方が(入れても良いですか)と言うので入れました」

私「今後市民との交渉によって会館の敷地を抗議集会に開放する事は有りますか?」
責任者「開放する事は 考えてないです。
団体の事務局としてまかされるだけですから」

私「では、今後衆議院の議員に働きかけて開放の運動をするなどしたら、開放はあり得ますか?」
責任者「そういう前提の話には応じられません」

以上10分一寸の取材結果です。
噂が一人歩してデモの最中、誰も責任者が存在しない状態でファミリーエリアが出来た様子がお分かり頂けましたでしょうか。


8月1日の時点で国会記者会館の責任者は会館の敷地の提供・開放は一切ない、と明言しております。












 
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